みなさん、こんにちは。気仙沼復興協会の福岡です。
捜索活動関係について、投稿するのは本当に久々になってしまいました。
気仙沼にずっと想いを寄せてくれているみなさん、本当に申し訳ありませんでした。
今日は現段階でのお伝えできることを、私の想いと共に書きたいと思います。
さて、今年の3月11日、震災から10年ですね。
仮設住宅がなくなり、終の棲家に引っ越しをされた方も多く、新しい建物がたくさん建ち、防潮堤が完成し、気仙沼大島との橋が繋がり、三陸道はもう少しで開通します。ハード面はたくさん進みました。
でも、私たちにとって10年…、15年経ったからってあの日の出来事が変わるわけでもなく、失ったのもは帰って来ないんですよね。しっかりそれを胸に生きていかなきゃいけないんですよね。そして、1歩1歩進んでいかなきゃならないんです。でも、その1歩が踏み出せずにいる人もいるのも事実なんです。
その一方で、風化していくのも事実で、誰かが伝えていかなきゃ忘れられていくのも事実なんですよね。
暗い話をしているわけではなく、もちろんこの10年でたくさんの繋がりができ、たくさんの笑顔をもらい、笑い声が増えました。
でも、やっぱり、あの日の事は何年経ったっても忘れちゃいけない、
未だ気仙沼だけでも214名の行方不明者がいることも。
捜索活動の意味って、もちろん行方不明者の方のため、待っている誰かのために手掛かりを一つでも見つけること。
それと、もう一つ、
忘れないよ。忘れてないよ。忘れちゃいけないんだよ。
って、誰かに伝えるためだとも私は思っています。
3月11日付近に震災から10年という通過点で、気仙沼市が主導となり、気仙沼警察署など関係団体と連携した捜索活動をと考えております。しかし、この新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言が出されている地域がある最中、また、県内・市内でも感染者が増えている中で、いつものように『ボランティア募集!!』とは、出来ないことを、ご理解いただければと思います。
2月7日以降の緊急事態宣言の動向により、正式にご報告したいと思っています。
どういう形になってもご理解いただければと思います。
*2021年1月23日のお伊勢浜海岸
「今年の3月11日はどうですか?」
「今年は気仙沼に行きたいです」
「コロナが落ち着いたら気仙沼に行きますね。」
「いつも気仙沼の事を思っています」
たくさんの嬉しい言葉をいつもありがとうございます。
ずっと想いを寄せてくれて本当にありがとうございます。
私たちも、みなさんと気仙沼でまたお会いできることを楽しみに待ってます
(KRA スタッフ一同)
福岡様
皆様
横浜市の保母です。
ご無沙汰しております。
昨年は足を運べなかったので、今年はと考えていますが如何ですかね?
いつまでも、遠い地からでが、思いは持ち続けたいです。