東日本大震災から5年11か月の集中捜索活動

東日本大震災発生から71回目の月命日。
     死者   行方不明者
宮城県  9,540人  1,232人 (うち、気仙沼市内220名)
岩手県  4,673人  1,123人
福島県  1,613人  197人
全国  15,893人  2,556人
      (警察庁まとめ)

平成29年2月10日と11日の両日、行方不明者の捜索活動を行いました。
10日は、気仙沼警察署と合同で、気仙沼市本吉町の野々下海岸での活動を行い、11日は、気仙沼復興協会(以下KRA)単独で、気仙沼市本吉町の農地海岸で活動を行いました。

10日は、気仙沼警察署12名、ボランティアさん3名、KRA7名での活動となりました。
現場の野々下海岸は、防潮堤の工事を行っていたので、もう4年以上捜索を行っていない場所です。防潮堤工事が終了した後、低気圧や台風の影響などで、たくさんの漂流物が打ち上げられていました。大きな石も波によって、防潮堤側に寄せられていました。

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(左:2014年3月、右:2017年2月)

午前10時、海に向かって黙祷を捧げ、活動を開始しました。

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漂流物が多かったので、その中に行方不明の方の手がかりとなりうるものがないかを確認して頂きました。
朝からみぞれの様な雨が降る中での活動、11時くらいには雪の中での活動となりました。

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この日、行方不明の方の手がかりとなりうるのもは発見されませんでいたが、みなさん寒い中、地面に膝を付け、顔を近づけながら探して頂きました。本当にありがとうございました。

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11日は、気仙沼復興協会単独で集中捜索活動を行いました。
現場は、気仙沼市本吉町の農地海岸です。

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昨年12月に活動に入った際に、もう道路が凍結して冬は入れないだろうと思っていた現場ですが、今年は暖冬のため凍結することがなかったため、今回活動に入ることが出来ました。
活動に入ったことがある方はわかる方もいらっしゃるかと思いますが、普段捜索を行っている、玉砂利が多く漂流物が堆積しているところは、そんなに広くないのですが、実は農地海岸の海岸線は1キロ以上あり、防潮堤とテトラポットの間1㍍くらいのところに砂や石が堆積している場所があります。大潮の干潮の時間であれば、その場所を確認出来ると思いましたが、この日は、前日から海が荒れて波が高かかったため、その場所には入ることは出来ませんでした。

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しかし、震災後堆積した玉砂利をいつもよりも多く崩し確認することが出来ました。
この日の活動で、動物の骨らしきもの数本とネームプレートを見つけて頂きました。

2日間とも、寒い中の活動、本当にありがとうございました。

(気仙沼復興協会 一同)


2月11日に活動して下さったボランティアさんは全員リピーターの方々でした。
気仙沼市内の方2名と、広島、奈良、静岡、関東圏内、岩手、宮城県内の方など、気仙沼に思いを寄せ、こうやってまた気仙沼に帰って来てくれる。嬉しいことです。
気仙沼との絆、そしてKRAで再会をするボランティアさん同志の絆。
いろんなところに絆が出来ていることが、本当に嬉しいですね。

今回は2名の気仙沼市民の方が参加してくれました。
心の復興スピードはぞれぞれ違い、震災から6年という月日が経とうとしている今、
『まだ6年』なのか『もう6年』なのか、
私自身もどっちなのかわからないけれど、
少しづつ少しづつでいいので、地元の人も一緒に活動出来ればいいなと思ってます。

そして、この活動が誰かの後押しになるように、
一つでも多くの手がかりを
一つでも多くの思い出の品を
見付けられればいいと思ってます。
3月も、どうぞよろしくお願い致します。

(福岡麻子)

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