2012年8月26日、『愛知県 桜丘高校から自転車で来ます!』のBlogでお伝えした『愛知県 桜丘高等学校』の皆さんが無事、気仙沼に自転車で到着しました。
愛知県豊橋市を8月20日に出発し、前日には宮城県登米市まで到着しました。8月26日は登米市からスタートです。国道346号線から国道45号線へどんどんと北上し、ゴールの気仙沼市役所を目指します。
では当日の様子をご報告いたします。
【9:40】気仙沼市 階上地区を通過しました。横断幕を掲げて気仙沼復興協会(以下KRA)のボランティア受入部、事務局などで出迎えました。2台の自転車と2台の車で全員でゴールを目指します。
目に鮮やかなピンク色のTシャツを着ていて、自転車は一瞬のうちに通り過ぎました。
【11:15】ゴールとなる気仙沼市役所前に自転車に乗っている姿が見えました。
ちなみに、後ろを走っているオレンジ色のシャツの方は生徒さんではありません
2台の自転車の後ろから見守るように、先生や生徒の乗った車が追いかけます。
その車の後ろには・・・
『豊橋⇔気仙沼 東北の皆さんに元気を!!
東日本大震災支援
木と気でつなぐ800kmの絆
10年以上の永い支援を約束します!!
自転車走行中です。
ご迷惑をおかけします。
愛知県豊橋市桜丘高等学校 1-6 』
このメッセージで東日本大震災を風化させないようアピールしてくれています。ありがとうございます。
ゴール時に運転をしていた生徒さんは、号泣していました。学生のころにこのような経験ができるのはとても素晴らしく、今後生きていくうえで糧にもなると思います。
感謝の意味を込め、気仙沼市副市長を交えたセレモニーが行われました。桜丘高校が大切に持ってきた『クスノキ・桜」の苗木と道中などでいただいたメッセージを副市長に渡していただきました。
全員で記念撮影一緒にお迎えした日本拳法気仙沼の皆さんとKRAスタッフも参加しました。
生徒の1人があいさつを感動のあまりか、泣きじゃくりながらも、しっかりと自分の言葉で感謝の言葉を述べていました。また、それを見守る川原先生が印象的です。
【12:30】リアス・アーク美術館にて、クスノキと桜の2本の苗木を記念植樹しました。10年後には大木を見せてくれるよう、見守りたいと思います。
【13:00】復興屋台村 気仙沼横丁にて食事。サンマのつみれ汁とお弁当を食べていただきました。食べて話している姿は、つい先程大きなことをやり遂げたとは思えない普通の高校生の姿です。(すいません写真を撮り損ねました)
【16:20】気仙沼大島へ向かいフェリーで出航しました。
生徒の皆さんにとって、充実した貴重な経験ができた1週間だったと思います。
桜丘高校の皆さんには気仙沼でのボランティアのため、深夜バスを飛ばし何度も来て頂いています。また、今後10年に渡り気仙沼に来てくれることを約束してくれています。これは社交辞令ではありません。
実際に桜丘高校さんは1995年の『阪神・淡路大震災』後から現在までの永きに渡り、その被災者とのつながりをもっています。昨年KRAが文化祭に招待された時にも『阪神・淡路大震災』を経験した方々が招待されていて、私たちと話をする機会を設けていただきました。
世間やマスコミでは災害が発生して1年も経てば、忘れてしまいがちになって行きます。そんな中、桜丘高校さんのような継続的な活動をすることは、なかなかマネできる事ではないと思います。そこに本当の意味での『絆(きずな)』を感じました。
翌日27日、気仙沼から宮城県 仙台市を目指し再び出発しました。途中KRA事務所に立ち寄っての様子です。
丁度、KRAに来ている本日作業するボランティアさんの出発時間と重なったため、メッセージを書き込んだり、一緒にお見送りをしていただきました。ありがとうございます。
左写真のメッセージの中(右上)にタレント「間寛平」さんのサインもありました。
今後は仙台市まで走ったところで、一度豊橋市に戻り、また後日仙台市から再スタート文化祭の行われる9月29日に豊橋市にゴールする予定となっています。見かけた方は是非、応援をお願いします。桜丘高校の皆さん、勇気と感動をありがとうございました
(茂木)
桜丘高校の皆さん感動を有り難うございました。 そして、お疲れさまでしたね。 それから、歓迎のシュプレヒコールじゃないけど みなと丸のトラックの拡声器で気仙沼市に到着するまで 広報してくれた皆さんお疲れさまでした。 気仙沼市からの広報がなかったのが残念でした!